かつての『勿体ない文化』が、なぜ『使い捨て文化』に置き換わったのか。

店長自身の生活で。
それから日本の社会全体としても、なぜこんなにプラスチックに依存しているのか、しばし考えてみました。

ご存じのように、使い捨て文化は、アメリカからの輸入で日本に根付いた文化です。
が、店長個人的なところでいうと、アメリカのポップなカルチャーへの漠然とした憧れがあったことが大きく影響しているように思われました。

アメリカンポップカルチャー
アメリカの大衆文化は、大量生産と大量消費がベースに

『大量生産』のサイクルの中では、すぐ捨てることを前提としたものづくりであります。
そう消費するのが、当たり前になっているんです。
使ったら捨てる。そしてまた新しいものを買うことが文化的に進んでいることのように、思えたのです。
ものはいくらでもあって、それこそが『豊かさ』なんだ、というイメージが確かにあったな、と感じます。

もっというと、そこには古いものを使いまわしたり使い続けるものがさも貧しくみえる、ある種の魔法がかけられていたのかなとも、今となっては思えます。

兄のお下がりに、イヤイヤの幼稚園時代

そして思い出したのが、幼稚園児のころのことです。
店長は小さいころから、親には口を酸っぱくなるほど『ものは大切にすること、無駄づかいをしないこと』と言われて育てられてきました。

そして兄のお下がりを多く着せられていました。

自我の目覚めと共に、男の子のものではない、真新しい、自分専用の、しかも『女の子の服』を着たい!と思ったのでしょう。兄のお下がりは嫌だと、母に泣いてせがんだ記憶が蘇ります。

『勿体ない文化』が貧しさのイメージと重なって、そんな貧困への抵抗、もあったのかもしれません。

だから、モノがあふれていること、それをいつでも買ったり着たり、捨てることに夢中になり、やがては当たり前のこととして定着していったようです。

猫

今でこそ、サイズアウトしたものをお下がりとして再利用することは、貧しさとは切り離して、むしろ豊かさのおすそ分け的に行われていることですが、使い捨てなんてできない時代には、使い捨て”できる”ことへの羨望があったことにも気づかされます。

巡り巡って『勿体ない文化』に戻ってきた

マクロビオティックでも、行き過ぎた『陽』には同じくらい強い力の『陰』を引き寄せて、中庸を保とうとする考え方があります。

大量消費の使い捨て文化の行き過ぎた姿が、勿体ない文化に『戻ろうという力』として表れている、とも言えます。

使い捨ては、豊かさとは違う

豊かさ、のとらえ方も変わってきていますね。
物に満たされることが豊かさの象徴であったこれまでの時代から、星読みの世界でいう『風』の時代は、物質的なものではない、目に見えない豊かさを求める時代に入っていますす。例えていうと、人との繋がりや地球との繋がり。自分だけが良いのではなくて、周りの人や地球の幸せが自分の幸せにつながっているという、循環型の豊かさ、に変わってきているような気がします。

そこには、自分たちの利便性を優先させた罪悪感と、地球に負荷をかけすぎたことへの反省がありますね。

エコロジーが今は、断然カッコいい

今や、地球環境にやさしいことが、世界のトレンドに。
それが、やがては自分に、さらには自分の大切な人たちにめぐってくることだから、当然といえば当然です。

地球の健康を考えよう

「今さら、遅いよ」

さんざん使い捨てしてきて、遅いよ、と。そんな声も聞こえてくるかもしれません。

でも店長は、何ごとも遅すぎることはないと思っています。
何かに気づき、目覚めて、行動を起こすとき、というのは、往々にして回り道するものです。

そして時に痛みを伴うものでもあったりします。
痛みなくして、行動を変えられないのも、人間の弱さですね。

だからこそ。思い立ったが吉日。“Never Too Late”です。
人生で新しいことを始めるのも“Never Too Late”

遅すぎることはありません。

プラスチック問題も“Never Too Late”の精神で、できることから1つずつ取り組んでいきたいなと思います。

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