“後悔”と言ってしまえば、大げさだけど。

down by the main street

人生の折り返し地点をとうに過ぎた今になって

しきりにある”悔い”がじくじくと疼きます。

『後悔』というと、何かをやっちまった!ことを悔いる場合が普通でしょうが、やっちまったことによる後悔は、誤解を恐れずに言うと、やっちまったことで起こった『マイナス面』は時間とともに記憶から角が取れてきて、場合によっては良い思い出にすら形を変えるくることもあるものです。
『忘却』があるから、人は生きられるのですね。

それよりも意外に『やらなかったことによる後悔』というのが根深かったりする。

「もしあの時、こうしていれば・・・」

という“If I would ……, I could ….”という英語の文法のような思いが、後から後から浮かぶものです。
その手の後悔が最近、店長の心を悩ませます。

何をやってこなかったか、というと、

「なぜ私は、小説を読んでこなかったのか?」

趣味の1つに読書を入れてきてはいましたが、恥ずかしながら『小説』の類を読んだのは数えるほどでした。
「小説がこんなにも面白いものだと、忘れていた」というか。
小説の面白みを本当の意味で知らなかった、というのが正直なところです。

でも、一度面白みを知ってしまったら、その芽はどんどん成長していきます。
1つの本を読めば必ずと言っていいほど、他の読みたい本がみつかる。
それも1冊や2冊じゃないとくるのです。

しかも、友人から借りてる本やら、図書館から借りてる本がこんもりと溜まっていると、早く読み終えて返さなくちゃ!という焦りとともに、あまりに小説を読んでこなかった自分のこれまでの人生に攻撃の目を向けてしてしまうのです。
「あぁ私はなぜに、自分の半生もの時間を小説を読み味わうことに使ってこなかったのか?」という嘆きに。

そんな嘆きと共に思うのは。

知れば知るほど、奥は深いのが本の世界です。本というか、創作、芸術、文学の世界、というのでしょうか。
数えきれないほどの作家さんたちがいて、その人たちが血肉を削る思いで作品を仕上げている本や作品が、たくさん待っていてくれる。
そう思うと、これからの残りの半生をかけて、どれだけ多くの魂のこもった作品と触れ合うことができるか。
一種、真剣勝負のような気構えが出てくる思いです。

ふふ。大げさ、ですね(笑)。でも本気の想いで今日も、早朝の静かなひと時を本と戯れています。

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